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奈良地方裁判所 昭和22年(ワ)63号 判決

原告

鎌田勘藏

被告

奈良縣農地委員会

主文

昭和二十二年九月三十日開催された被告農地委員会における奈良縣生駒郡伏見村大字菅原くすべ谷千百九十二番地ノ十四、同十五、同十六所在一反二歩の山林が農地である旨の裁決は無効と確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

請求の趣旨

主文同旨

事実

原告訴訟代理人は請求の原因として主文掲記の山林は元訴外北條福次郞が宅地造成の目的で昭和十九年一月安田信託株式會社から買收し切盛地均し排水溝等を施工して宅地としての適格を整えたものを原告が同年三月坪五十五圓で買得して更にその周圍に約五百本の「かいずか」を植え生垣を造り住宅を建築しようとしたが戰時中のこととて建築制限資材不足等の爲め中止していたのを昭和二十二年六月所望せられる儘に前記北條福次郞の仲介で一旦訴外吉本正典に賣渡したのであるが昭和二十二年十一月二十四日右吉本は更に原告に之を賣渡し前記山林の所有権は原告に復帰し同年十二月十七日所有権移轉登記を完了した而して右吉本が一旦該山林を買受けた際同地上に住宅を建築しようとしてその實兄谷田春夫名義で建築許可を出願したところ昭和二十二年八月十三日戰災復興院から同月十六日奈良縣知事である被告委員会会長野村萬作から夫々建築許可を得て愈々名実共に宅地ということに決定したので右吉本が建築に着工した折柄奈良縣生駒郡伏見村農地委員会は右の土地に耕作権を持つていると自稱する訴外〓谷嘉一高橋計吉の申請を容れ農地としての買收計画書を作成して同委員会に提案し同年八月三十日の委員会で農地であるから買收すると決定した原告等はこの決定に異議の申立をしたか同年九月十日却下せられたので更に被告である奈良縣農地委員會に訴願を申立て極力本件土地は宅地であつて農地でない旨の解明に努めたが同委員会は同月三十日原告側の申立を排斥し前記山林は農地であると裁定した然し被告奈良縣農地委員会の右裁決には次のような違法があるものである即ち本件土地は奈良地方裁判所が昭和十九年十二月十五日言渡した刑事判決に於て訴外北條福次郞を宅地建築等價格統制令違反として処刑するに際し本件土地は宅地であると認定した通り実質上宅地であるのみならず被告委員会の会長野村萬作は現況と変更ない昭和二十二年八月十六日奈良縣知事の資格に於て本係爭地上に建築を許可し同地を宅地と認定したのである即ち本件地上に蔬菜類を植えてあるにせよ之は一時的のものにして本件土地の地勢附近の状況等から觀て宅地であると裁判所も奈良縣當局も認定したからである仮に然らずとするも予備的申立として左の事由により前記被告農地委員会の決定は違法で無效であると謂い得るのである即ち伏見村農地委員会会長中島酒治郞は本件土地には法定の山林賃貸價格があるに拘らず農地としての賃貸價格を僞造設定の上之を基礎として買收計画書を作成して右農地委員会に提案したのであるがこれは明らかに土地台帳法違反であるかゝる土地台帳法に違反して設定された賃貸價格を基礎としてなされた右伏見村農地委員会の裁決は違法であるに拘らず之を有效であるとして原告の訴願を却下した被告委員会の本件裁決は無效である以上のような理由により原告は被告委員会が昭和二十二年九月三十日になした本件土地が農地である旨の裁決の無效の確認を求めるため本訴請求に及んだ次第であると陳述し被告の答弁を否認し近時農地制度改革が強化せられる傾向にあるかこれは純耕作農民保護のためで農地法の精神は実に茲に存するのであるが本件については原告は地主でもなければ封建的土地支配者でもなく同樣に前記〓谷、高橋の兩名は純農でも農奴でもなく一休閑地利用者に過ぎないと述べ立証として甲第一号証の一、二同第二乃至第四号証同第五号証の一、二同第六、第七号証同第八号証の一乃至三、同第九第十号証を提出し証人野村喜代次、中井淸藏、北條福次郞の各証言及び原告本人訊問の結果を援用し現場檢証を求めた。

被告指定代理人等は原告の請求を棄却する訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め答弁として昭和二十二年八月十三日戰災復興院から同月十六日奈良縣知事から夫々谷田春夫名義で本件土地に建物建築許可の申請に対し之が許可があつた事実伏見村農地委員会が本件土地を農地と裁決し之が裁決に対し原告より不服申立があり被告委員会が原告主張の日時原告主張のような裁決をなした事実は爭わない尚昭和二十二年十一月二十四日本件土地所権有が右吉本から原告に復帰した事実は不知である然し被告委員会が本件土地を農地として認定したのは該土地の現況並に客觀的状況を考察してなしたものであるから被告委員会の前記裁決には何らの違法がない即ち自作農創設特別措置法並びに農地調整法に於ける農地とは耕作の目的に供せられる土地を謂うのであつて耕作とは土地に勞費を加え肥培管理を行つて作物を栽培することを謂うのである栽培する場所の如何を問わない耕作の目的に供せられる土地とは現に農耕の用に供されている土地は勿論其の現況が客觀的に見て耕作の目的に供されるものであると見られ得る土地を謂うのである所有者の主觀を離れて土地台帳の地目如何に拘らず現況に準拠して判定するのである從て三年前に宅地であり原野であり若しくは山林であつても現在耕作の目的に供されて居り又客觀的に見て耕作の目的に供されるものであると見られ得るならばその土地は農地である即ち本件土地一反二歩の内約五畝十二歩は〓谷嘉一が他の約四畝二十歩は高橋計吉が夫々昭和十九年五月から耕作して現在に及んでいる農地であると陳述し更に原告の予備的請求原因に対する答弁として伏見村農地委員会が本件土地の附近農地の賃貸價格を斟酌して本件土地の賃貸價格を設定し之を基礎として買收計画書を作成した事實は之を認めるが之は本件土地が地目山林である爲めこの賃貸價格に其の儘畑の公定價格の倍率である四十八倍を乘じて得た價格を以て買收するなれば極めて低額な買收対價となり妥当を欠くので近傍類似の畑並みの対價を決めようとして其の計算上附近の畑の賃貸價格を一應に本件土地に當てはめ之を基礎として買收対價を決めたのであつて之は農地調整法第六條ノ三により適法であるのみでなく農地の対價に関し不服申立を爲し得るのは農地委員会が公定價格以下に不當な対價を定めた場合であつて然らざる本件の買收價格に対しては不服申立は理由なきことであると述べ立証として証人高橋計吉、〓谷嘉一、細川重太郞の各証言を援用し現場檢証を求め甲号各証の成立を認めた。

理由

証人北條福次郞、野村喜代次、中井淸藏の各証言及び原告本人訊問の結果を綜合すれば本件土地は、訴外北條福次郞が宅地造成の目的で昭和十九年一月安田信託株式會社から買收し之に切盛地均し排水溝を施工して宅地としての適格を整えたものを原告が同年三月坪五十五圓で買得して更にその周圍に約五百本の「かいずか」を植え生垣を造り住宅を建築しようとしたが時宛然戰時中のこととて建築制限資材不足等の爲め中止していたのを昭和二十二年六月所望せられる儘に右北條福次郞の仲介で一旦訴外吉本正典に賣渡した事實を認めることができる次に原告が現在本件土地の所有権を有するか否かにつき当事者間に爭があるから按ずるに成立に爭のない甲第八號証の一乃至三及び原告本人訊問の結果に依れば該土地は再び吉本より原告に賣渡され昭和二十二年十一月二十四日その所有權は原告に復歸し同年十二月十七日所有権移轉登記を完了した事實を認めることができる而して前示吉本が一旦該土地を買受けて後同地上に住宅を建築しようとしてその實兄谷田春夫名義で建築許可を出願し昭和二十二年八月十三日戰災復興院から同月十六日奈良縣知事から夫々建物建築許可があつて右吉本に於て建築に着工した折柄奈良縣生駒郡伏見村農地委員会は右土地を農地として買收する旨裁決し之に對して原告等は異議の申立をしたが同年九月十日却下せられたので更に被告である奈良農地委員会に訴願したが同委員会は同月三十日原告側の主張を排斥し本件土地は農地である旨裁決したことは当事者間に爭のないところである然らば本件土地は農地であるか否かの点につき当事者間に爭があり原告は該土地は事實上農地ではなく又農地法に所謂農地には該当しないに拘らず被告委員会はその解釈を歪曲したものであると主張し被告は本件土地はその現況並びに客觀的状況を考察して農地であると裁定したものであると抗爭するから審按するに土地が農地であるか否かの認定は該土地の地目の如何に拘らずその外觀のみならず耕作の内容をも考慮しなければならないのであるが先ずその外觀的方面につき考察するに當裁判所が昭和二十二年十一月二十六日奈良縣生駒郡伏見村大字くすべ谷の本件係爭地現場についてなした檢証の結果及び証人北條福次郞原告本人の供述を綜合すれば前記土地は元山林であつたものを切拓き、切盛、地均し等を施工して平地となし其の周圍には約五百本の「かいずか」を植付け該生垣に圍繞せられる本係爭地内には野菜類甘藷等栽培せられあり表面上菜園として利用せられているが該地点は近畿日本鐵道菖蒲池驛から僅々約百米東南方であつて交通に至便入馬の往來比較的頻繁であり又周圍の状況よりして住宅地として好適の地勢をなし且つその前方道路に接する線には排水溝設けられてある点等を綜合考察するときは本係爭地には當初住宅を建築すべく工事に着手したものであつて時怡も戰時中のこととて建築制限資材不足等の事情により中止の己むなきに立至り暫時菜園として利用せられるに至つたものであると認められる次に本件地上の耕作の内容につき考察するに成立につき爭のない甲第五號証の一、二及び証人北條福次郞原告本人の供述並に証人高橋計吉の証言の一部を綜合すれば本件地上に現在耕作している訴外高橋計吉、〓谷嘉一は共に純農民ではなく右土地を所有者に於て建物を建築する迄の一時耕作せるものであるのみならず耕作たるや右土地を所有者に無斷で菜園としたものであることを認められ右認定に反する部分の証人高橋、〓谷、細川等の各証言は採用しない即ち土地所有権者と其の土地に関し何等債権契約も物権契約もないのに一時土地を耕作の目的の用に供したからといつて農地と看做し得ないこと宛然も大阪市内の戰災跡地に土地所有者に無斷にて一時的に蔬菜類を栽培したからといつて宅地変して農地と看做し得ないのと同一である況んや成立に爭ない甲第四號証に依れは本件裁決の日と相去ること遠くなく現況と変更のない昭和二十二年八月十六日被告法定代理人は奈良縣知事として本件土地に於て建物を建築することを許可して本件土地を宅地と認めている事実を見ても本件土地は農地でないことが認められるのである果して然らば敍上認定の通り本件土地はその形式的方面からするもその実質的方面からするも農地ではないから被告委員会の本件裁決は事実の認定を誤つた違法があるかち無効である仍て之が確認を求むる原告の本訴請求は理由があるから之を認容し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用し主文の通り判決したのである。

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